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東京地方裁判所 昭和35年(ワ)3502号 判決 1961年1月17日

原告 姫野高雄

被告 阿部典文

主文

一、被告は、原告に対し、八四、八一二円及びこれに対する、昭和三五年五月八日から、支払ずみに至る迄、年五分の金員の支払をせよ。

二、原告その余の請求を棄却する。

三、訴訟費用は、各自の負担とする。

四、この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。

事実

原告は、「一、被告は原告に対し、四二八、〇〇〇円、及びこれに対する、昭和三五年五月八日から、支払ずみに至る迄、年五分の金員の支払をせよ。二、訴訟費用は、被告の負担とする。」との判決及び仮執行の宣言を求め、その請求の原因として

一、原告は、昭和三年第一東京弁護士会に入会し、肩書地に於て弁護士を開業している。

二、別紙目録記載の土地家屋(以下本件土地家屋という)は、訴外藤井かねが、昭和二二年一月一〇日、その所有者であつた藤井武男(昭和二一年八月二一日死亡)の相続人藤井正得から同年同月同日付贈与に因る所有権取得登記を経、

藤井かねは、昭和二三年五月一九日訴外加藤柳に、これを売渡し、

同人は、昭和二七年三月一〇日、被告に、代金七〇万円でこれを売渡し、

被告は、同年三月一四日、東京法務局府中出張所に於て、売買を原因とする所有権移転登記を経、同年四月頃、これを占有使用するに至つた。

しかるに、藤井正博は、藤井かねに対する昭和二二年一月一〇日付贈与契約は無効であるから、同年同月同日、同人の為めになされた右所有権移転登記は、無効であると主張して、昭和二八年三月一〇日、東京地方裁判所八王子支部に同年(ワ)第四七号所有権取得登記抹消登記及び右家屋明渡請求訴訟事件を提起し、

三、原告は、弁護士として、昭和二八年五月頃、藤井かね、加藤柳及び被告(被告は、昭和八年九月一三日生れで、当時未成年であつたので、父阿部太がその法定代理人となつた)から、右訴訟事件の訴訟代理人として、選任をうけ、同人等との間に、その着手手数料を一五万円、内五万円は加藤柳、一〇万円は被告の負担とする旨の約定が成立し、被告は、同年八月四日、原告に対し、内五万円を支払つた。

四、(1)  右訴訟事件は、昭和三一年一月一一日、右地方裁判所支部に於て、被告、藤井かね及び加藤柳に対し、敗訴の判決が言渡され、同人等は、同年一月中に、東京高等裁判所に、控訴を提起し、原告は、右訴訟人三名の代理人として、選任をうけ、控訴状を作成し、

(2)  被告の父阿部太から、同年一月二四日、控訴申立費用として、五万円を受け取り、

(3)  東京高等裁判所に控訴状を提出し、同訴訟事件は、同高等裁判所昭和三一年(ネ)第一四七号事件として、係属した。

五、右控訴審に於て、原告は、その後、被告のみの訴訟代理人として、昭和三一年四月二日から、昭和三三年九月二四日迄合計一九回の口頭弁論期日及び和解期日に出頭し、最後の昭和三三年九月二四日の口頭弁論期日に於て、被告(控訴人)と藤井正得(被控訴人)との間に、次の和解が成立し、その旨、調書に記載せられた。

(1)  藤井正得は、本件土地家屋が、阿部典文(本件被告以下同じ)の所有であることを認める。

(2)  阿部典文は、和解金として、藤井正得に対し、一二〇万円を支払うことゝし、即日これを、同人の訴訟代理人弁護士岡本喜一に交付した。

(3)  加藤柳は、阿部典文に対し、同人が藤井正得に支払つた、一二〇万円の内部負担金として、一〇万円を支払う。

(4)  藤井正得は、阿部典文に対する本訴請求を放棄し、双方債権債務のないことを、承認する。

六、右和解により、本件土地家屋の所有権は、阿部典文にあることが確定し、被告は、右家屋の明渡及び昭和二八年四月一日以後、右土地家屋の占有使用による一カ月五、〇〇〇円の割合による損害金の支払義務を免れた。

七、(1)  本件訴訟事件の報酬については、当事者間に契約が成立していなかつた。

(2)  しかし、弁護士に訴訟事件を依頼した者は、勝訴した場合、それによつて利得した額の一割を、弁護士に支払うべき事実たる慣習があり、(第一東京弁護士会弁護士報酬規則)本件当事者は、それによるべき意思を有していた。

八、右和解が成立した、昭和三三年九月二四日当時の、本件土地の坪当りの価格は、二万円、二〇四坪につき四〇八万円、本件家屋の価格は、一五〇万円、合計五五八万円である。

右金額から、被告が、藤井正得に現実に支払つた一一〇万円(五(2) の一二〇万円から被告が、加藤柳から支払を受けた、一〇万円を差引く。)

及び加藤柳に支払つた買受代金七〇万円、合計一八〇万円を控除した残額三七八万円は、被告の利得である。

よつて、原告は被告に対し、右利得の一割である三七八、〇〇〇円、及び前記第一審の着手料残額五〇、〇〇〇円、合計四二八、〇〇〇円、及びこれに対する、本件訴状副本が、被告に送達された日の翌日である、昭和三五年五月八日から、支払ずみに至る迄、民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める為本訴請求に及んだ。

被告の抗弁につき、その主張事実をすべて否認すると述べ、

証拠として、甲第一ないし第三号証を提出し、鑑定人角崎正一、同江村高行各鑑定の結果を援用し、乙号各証の成立を認めると述べた。

被告は、「一、原告の請求を棄却する。二、訴訟費用は、原告の負担とする。」との判決を求め、原告主張の一、二の事実を認める。

三の事実中、被告が当時未成年であつて、父阿部太が、被告の法定代理人として原告を原告主張の訴訟事件の訴訟代理人に選任したこと被告が同年八月四日原告に対し五万円を支払つたことを認め、その他の事実を否認する。被告は、原告に対し、一〇万円を着手料としてではなく右訴訟事件に於ける全報酬として、しかも勝訴を条件として一〇万円を支払うことを約したものである。

四(1) (3) の事実を認める。(2) の事実中、阿部太が昭和三一年一月二四日、原告に支払つた五万円が、控訴申立費用であることを否認し、その他の事実五、六の事実を認める。右五万円は、原告に対する報酬の一部として、支払われたものである。

七(1)の事実を否認する。

(2)の事実中、第一東京弁護士会に、原告主張の弁護士報酬規則があることを認め、その他の事実を全部否認する。

被告は原告に対し、第二審に於ける成功報酬を、被告が勝訴することを条件として、一〇万を支払うことを約した。

被告が敗訴した場合和解が成立した場合については当事者間に、何等報酬の定めはなかつた。

しかるに右訴訟事件は、和解によつて終了したのであるから、被告には、右一〇万円の支払義務もない。

八の本件土地家屋の価格を争う。

抗弁として、(一)被告は、昭和二八年五月頃、原告に対し、全訴訟事件の報酬として、一〇万円を支払うべきことを約した。そして被告は、原告に対し

(1)  昭和二八年八月四日、内金五万円(原告が着手金の一部として受取つたと、主張するもの)

(2)  昭和三一年一月中頃、残額五万円(原告代理人である妻姫野雪子に対し)を支払つたから、原告の本訴請求は失当である。

(二)仮に被告に、原告主張のような報酬支払義務があるとしても、被告は、(1) (2) の各日時、合計一〇万円を支払つたのみならず、昭和三一年一月二四日頃、原告に対し、金五万円を支払つたから、その部分の支払を求める原告の請求は、失当であると述べ、

証拠として、乙第一ないし第四号証を提出し、証人阿部太、同姫野雪子の各証言を援用し、甲号各証の成立を認めると述べた。

当裁判所は、職権を以つて、原告本人を尋問した。

理由

原告主張の一、二の事実、三の事実中、被告が、昭和二八年五月頃、未成年であつて、父阿部太が、その法定代理人として、原告を、原告主張の訴訟事件につき、訴訟代理人として選任したこと、被告が、同年八月四日、原告に対し、五万円を支払つたこと、四ないし六の事実(但し四(2) の事実中、阿部太が原告に支払つた五万円が、控訴申立費用であることを除く。)は、すべて当事者間に、争のないところである。

原告は、昭和二八年五月頃、被告の法定代理人阿部太との間に、被告から、前記第一審の訴訟事件の着手手数料として、一五万円の支払を受くべき旨の契約が、成立したと主張するけれども、この点に関する原告本人尋問の結果は、成立に争のない乙第一第二号証の各記載、原告の供述と、反対の趣旨を供述する証人阿部太の証言に対比し、たやすく措信できないし、他に原告の右主張事実を確認するに足りる、証拠資料はない。従つて原告が被告に対し、着手手数料の残額五万円の支払を求める部分の請求は、失当として、棄却を免れない。

被告の(一)の抗弁につき判断する。被告は、昭和二八年五月頃、原告との間に、右訴訟事件の全報酬として、一〇万円を支払うべき旨の契約が成立したと、主張するけれども、この点に関する証人阿部太の証言は、たやすく措信できない。それ故、被告の(一)の抗弁は、これを、採用しない。

そうすると、原被告間には、右訴訟事件の一、二審を通じて、原告がうくべき報酬については、特段の定めがなかつたと認めざるを得ない。

原告は、原被告は、勝訴当事者が、その訴訟事件によつて利得した額の一割を、選任した弁護士に支払うべき、事実たる慣習(第一東京弁護士会弁護士報酬規則)によるべき意志を有していたと主張するけれども、成立に争のない乙四号証の記載、証人阿部太の証言及び弁論の全趣旨に徴すれば、原告は昭和三三年一一月一四日付書面を以て、始めて被告の法定代理人である、阿部太に対し第一東京弁護士会弁護士報酬規則を同封して、その規則による報酬を支払われたい旨催告したが、その以前に於ては、同人に対し、右弁護士会の報酬規則の存在すら告知したことがなかつた事実を認めることができる。しかしながら証人阿部太の証言によれば、阿部太は、被告の法定代理人として、右報酬規則に依つては、原告に報酬を支払うべき意思を有しなかつたものとは認められないから、当裁判所は、右弁護士会の報酬規則を事実たる慣習として、原告の報酬(手数料及び謝金を含めた趣旨に於て。)を決する一応の標準とすることを相当と考える。

成立に争のない乙第一第二号証の各記載証人阿部太の証言原告本人尋問の結果、鑑定人江村高行鑑定の結果、その他弁論の全趣旨によれば、次の事実が認められる。

前記東京地方裁判所八王子支部の昭和二八年(ワ)第四七号訴訟事件の判決に於て、判決裁判所が認定した事実は、全く、妥当であり、(従つて、被告が、第一審に於て敗訴したのは已むを得ざるところである。)被告が控訴審である東京高等裁判所に於て、原判決取消の判決を得ることは、殆ど不可能であると認められること。その事は、被告の訴訟代理人であつた原告自身も、第一、二審を通じ、察知していたこと。(しかるに、原告は、何故か、それを阿部太に告げなかつた。)苟も、被告の訴訟代理人となつたものは、弁護士としての通常の判断力を有すれば、原告であると否とを問わず、控訴審に於ては、被告に対し、和解すべきことを勧告したであろうこと。東京高等裁判所第二民事部に於ても、担当裁判官山下朝一が数回に亘り、被告に対し、和解を勧告したこと。和解の内容は、第一審に於て勝訴した原告藤井正得に対し、同人の要求を容れ、本件土地家屋の代金として一二〇万円を支払わざるを得ず、結局、被告としては、加藤柳及び藤井正得に対し右土地家屋代金の二重払をしなければ、本件土地家屋からの退去明渡の判決をうけることを避け得られなかつたこと。

原告は、昭和三三年一〇月三日付、同年同月二三日付書面を以て、被告に対し、第一、二審を通じる報酬の全額として、一五万円を、同年同月末日迄に、支払うべきことを催告したことが認められる。

右認定に反する部分の原告本人尋問の結果は、当裁判所の措信しないところであり、他に右認定を左右するに足りる証拠資料はない。

そうすると、原告が、被告の訴訟代理人として、右期日に於て被告をして前記和解の締結を承諾せしめたことについては、何等特別の智識経験熟練を要するものではなかつたと、謂わざるを得ない。

以上の諸事実と、鑑定人の江村高行、同角崎正一各鑑定の結果を勘案すれば、原告が、第一、二審を通じての訴訟行為に対する報酬として、被告に請求し得べき金額は、

原告が第一審に於て、一三回の口頭弁論期日(期日の変更、延期、言渡期日を除く。)に於て、実質的な訴訟行為を為した点、第二審に於て、七回の口頭弁論期日、八回の和解期日に於て訴訟行為を為した点、被告が結局に於て、加藤柳及び藤井正得に対し、本件土地家屋の代金を、二重に支払つて、それに対する、所有権を取得し得た点(従つて、被告が第二審に於て、全額勝訴をしたということはできないことは、言う迄もない。鑑定人江村高行の意見に従えば、かような場合、半額勝訴とみるべきである。)前記和解の成立した、昭和三三年九月二四日当時に於ける、本件土地家屋の時価は、二、三四八、一二三円である点、原告が被告に対し、前段認定のように、自陳にかゝる受取られた一〇万円を差引き、一五万円の報酬を請求している点を参酌して、右価額の一割二三四、八一二円が、相当であると判断する。

被告の(二)の抗弁につき判断する。

証人阿部太の証言によれば、被告は(1) 昭和二八年八月四日、原告に対し、五万円、(2) 昭和三三年一月中頃、原告の妻雪子に対し、五万円、(3) 控訴提起後である、昭和三一年一月二四日頃原告自身に、五万円、合計一五万円を報酬の一部として支払つたこと((1) (3) の金員授受自体は、当事者間に争がない。)が、認められる。右認定に反する部分の証人姫野雪子の証言、原告本人尋問の結果は、当裁判所の措信しないところであり、他に右認定を左右するに足りる証拠資料はない。

そうすると、被告の抗弁は、理由があるから、原告の本訴請求中、二三四、八一二円から、右一五万円を控除した残額八四、八一二円、及びこれに対する、本件訴状副本が、被告に送達せられた日の翌日であること、記録上明な、昭和三五年五月八日から、支払ずみに至るまで、民法所定の年五分の遅延損害金の支払を求める部分の請求は、正当であるから、これを認容し、その他の請求は、失当であるから、これを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第九二条本文、仮執行の宣言につき、同法第一九六条第一項を適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 鉅鹿義明)

目録

一、東京都北多摩郡国分寺町国分寺字殿ヶ谷戸三二四番の四六、宅地一七〇坪

二、同所同番地の五四、宅地三四坪

三、同所三二四番にある、家屋番号国分寺二六三番

一、木造瓦葺平家建居宅一棟、建坪四七坪七合五勺

附属一、木造瓦葺平家物置一棟、建坪三坪

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